創業支援笛吹けど 「開業率」低下の怪

国や自治体が創業支援に力を入れるなか、国が主要な指標と位置付けている「開業率」が低下している。2018年度は全国で4.4%と、前年度よりも1.2ポイント低下した。一見すると起業の勢いが衰えているようだが「実態と異なるのではないか」との指摘も多い。起業の動向を把握するうえで、現状の開業率は指標として適切なのか。

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開業率は厚生労働省雇用保険事業年報をもとに算出する。18年度の開業率は月々のデータから算出した。

開業率は11年度以降、上昇していたが、18年度の低下幅(1.2ポイント)はリーマン・ショックのあった08年度(0.8ポイント低下)を上回る。都道府県別にみると、岩手県を除くすべてで前年度を下回った。景気回復局面が続いていた18年度の開業率がリーマン期よりも落ちこみが大きいというのは理にかなわない。

一部自治体からも疑問の声が上がっている。開業率が5%と前年度から0.9ポイント低下した東京都。都の創業支援拠点「TOKYO創業ステーション」の相談件数は18年度、前年度より約2割増加。創業関連の制度融資件数も18年度は2058件と同2割増えた。都は「開業率の低下は実態を表していないのではないか」とみる。ある政府関係者も「開業率の実態の分析を始めている」と明かす。

実は開業率の算出方法がくせ者だ。中小企業について研究する筑波大学の原田信行准教授は「数字の算出方法まで理解して、開業率を見る人は多くない」と指摘する。

開業率は全事業所に対し、雇用保険を新たに適用した事業所の割合で算出する。雇用保険は1週間の所定労働時間が20時間以上の人を雇用するなどの条件があれば適用対象になる。

だが「この手法で算出した開業率の増減はほとんど建設業の動向で説明できる」。元日銀理事でオフィス金融経済イニシアティブ代表の山本謙三氏は指摘する。山本氏によると、17年度の雇用保険適用の増加の3割分は建設業が寄与しているという。

例えば、新たに立ち上げた建設現場で人を雇って保険適用となった場合でも「開業」となってしまう。厚労省も17年度まで開業率が高まった要因の一つが、東京五輪を控えた都内を中心に建設需要が高まったためではないかとみている。山本氏は「雇用保険の適用が公共工事の入札条件になるケースが多くなったことも要因ではないか」と指摘する。

開業率を正確に算出するのは難しい。
(1)雇用保険の動向から算出
(2)「経済センサス」で新しい事業所の数から計算する方法
(3)新たに登記された件数から割り出す――の3つの算出法がある。
調査員が調べる(2)は実態に近い数になるとみられるが、5年に1回の調査と頻度が低い。(3)は休眠企業なども含まれる一方、個人事業主が含まれない。

いずれも一長一短がある。専門家の間では経済センサスによる算出が相対的に評価が高い。東京都は雇用保険に加え、登記件数による算出も組み合わせて現状把握を試みる方針だ。

雇用保険をベースにした開業率で開業の動向を把握するのが難しいのは、別の側面からも見て取れる。

雇用保険の適用がなくなった事業所数の割合から出す「廃業率」。10年度以降、開業率が廃業率を上回っている。数字通りならば企業数は増えるはずだが、経済センサスによると、全企業数は減少傾向にあり、辻つまが合わない。

政府は成長戦略で、起業の動向を測るKPI(成果指標)として開業率を位置付けている。6月策定の成長戦略では「米国・英国レベル(10%台)になることを目指す」とうたい、国や自治体は起業家向けの資金調達支援や相談体制の充実に力を入れている。

成長戦略を進めるうえでスタートアップ育成は欠かせない。だが、基礎データとなる開業率の信頼性に疑問符が付くようでは、創業支援の現場は混乱しかねない。都の幹部は「政府は開業の実態が分かるような情報を示してほしい」と要望する。効果的な起業支援策を打つためにも、実態を反映するデータの把握が不可欠だ。(秋山文人