ココロ未来学院、社会起業家で在るために

社会起業家としての活動をコメントしていきます

世界人権宣言

世界人権宣言

そろそろ社会起業家であるために本論へ入っていく。

最初に知っていただきたいのは「世界人権宣言」、1948年12月10日に国連で採択された。世界人権宣言は、人権および自由を尊重し確保するために、「すべての人民とすべての国とが達成すべき共通の基準」を宣言したものである。

で、この世界人権宣言を理解するためにはいくつか知らなければならないことがある。

まずは簡単に説明する。

国際連合

国連(国際連合)・・・1945年10月24日、51ヵ国の加盟国で設立された。主たる活動目的は、国際平和と安全の維持、経済・社会・文化などに関する国際協力の実現である。つまり第一次世界大戦(1914-1917)第二次世界大戦(1939-1943)による多大なる人類の損失の甚大さ。それとイギリスの産業革命に始まった世界中の産業革命

戦争と産業、これは現代にいたる世界の動きを左右する大きな出来事で、国際連合は戦争中立国であるスイスのジュネーブに本部を置き参加国は目的を遂行するために世界を牽引していった。

 

基本的な人権と自由に関する宣言

世界人権宣言(UDHR)は、フランス・パリで開かれた国連総会第3回で採択された。国連にとってとても大きな仕事をした。

世界人権宣言は第2次世界大戦の残虐な行為の再発をを許さないためにできました。第1回国連総会から人権委員会が選出され草案を作り、18か国で取りまとめる権利が与えられました。委員長はアメリカの故ルーズベルト大統領の未亡人エレノア・ルーズベルト氏を中心にフランス、レバノン、中国、カナダ等。最後に国連広報センターより抜粋でメンバーであったチリのエルナン・サンタクルスの演説を記す。

「私には、人間の至上の価値に関するコンセンサスが生まれた、まさに歴史上の一大事に参加しているというはっきりとした認識がありました。その価値は、世俗的な権力者の決定ではなく、人間の存在という事実それ自体に由来するものであり、これによって、欠乏や抑圧のない状態で暮らし、それぞれの個性を十分に育むという不可侵の権利が生まれたのです。大会議場では…全世界から集まった男女の間に真の連帯感と友愛の雰囲気が漂っていました。それはいかなる国際舞台でも、私が二度と目にすることのなかった光景でした」と。

 

 

社会起業家って、何?

どんな仕事?

こんな感じです。

 

感性と現実の狭間で

金曜日、「若年性アルツハイマー」をテーマにした「大恋愛~僕を忘れる君と」が

最終回だった。

もう、涙涙でティッシュ箱半分は使いました。

「え~~ん!やだ~!」なんて。

この難しいテーマでドラマは主人公をきれいに描くことに重きを置いたが、

私が単細胞なので素直に泣きまくります。

 

今回はちょっと頑張って書いてみます。

社会起業家にとって大事なのは「感性」といいました。

ここではドラマに感動することではなく、

アルツハイマーそのものに対する大概要は知るべきである。

 

世界には大きく2つに精神学会が分かれる。

1.WHO(世界保健機構)

2.APA(アメリカ精神学会)

で、WHOがまとめた診断ガイドラインを現在ICD-10といい、APAがまとめたものをDSM-5

私は今の仕事で毎度障がい者の細かい気質や行動や反応を見てこの本とにらめっこである。

ただ今の福祉の現場はこれを忘れている。これがかけている。

 

ICD-10ではF00アルツハイマー病型認知症となっている。

そしてアルツハイマーが名称についただけで4つもある。

全部症状が異なる。これがアルツハイマーと診断された当事者には大雑把なアルツハイマーで受け取られたら誤解が生じるので慎重にジャッジしてほしい。

 

大阪発、社会起業家を目指してきました

高校生までの学校教育は私には合わなかった。

数学、物理、体育、現代国語、英語。。。

音楽はバンドをしていたので比較的得意な方だったが、普通に音楽してた。

 

バンド活動は発見があった。自分の感性で聴いて、考えて、弾いて見つける。

学校教育では先生の指導で教科書を読んで覚えたり考えたり、

他の学生はそこから将来の夢を学ぶのだろうが、私はそこが違った。

 

例えば最初は3和音の持つ意味を知らない。

でもそこにメロディを奏でると1つの世界が見えてくる。

その発見は音楽をやったものには必ず経験がある。

 

私の場合は、そのことで「感性」という世界を発見した。

人間には感性がとても重要なものである。

その一つが五感(或いは六感)

しかし毎日のニュースを見てると五感をただ使っている話題ばかりである。

五感はとても重要なものなのに、政治は口、スポーツは腕や足、ドラマは肌や口・・・

 

何が言いたいかというと、意味のあるものをキチンとした感性で分析して意味のあるものとして伝えて、それが五感から五感へ伝わるものとして情報整理して感性に伝えないことには、その時間や空間は無駄になる。

 

最近、海洋水のプラスチック塵汚染がよく話題に上がる。このこと、どれだけの人に伝わっている?どれだけの人が知っている?

それに合わせたように水道水を民間で運営する、という話題では、この問題は出てこない。このことを問題視して世間に伝えるのはマスコミだが、

果たして能動的に我々に伝わっているのか、議論の的がズレた話を報道されても人間の感性が腐るだけである。

 

先ほど伝えるのはマスコミと書いたが、本当は各種専門家や社会起業家の務めであると感じている。残念ながら今のマスコミの多くは報道だけである。真実と虚実を含めてである。勿論高品質な情報もあるが的を得れない。

 

私はここで社会起業家でありたい。